Curry and rice

私の家へと続く夕飯の匂いは、焼き魚、鍋、何かの煮物。そして我が家の隣がカレー。

ワンルームにしては自炊好きが集まったアパートの一番奥が私の部屋。

帰宅するとしばらくしてインターホンが鳴り、隣家のお姉さんが作りすぎたカレーをお裾分けしてくれる。

ピンポーン ほらね。

私は同じ一日を、もう百回は繰り返している。



朝目が覚めて学校に行き、教室に入ったら思っていたのと違う講義が始まった。

教授の急病かと思ったらそういうわけじゃないらしく、私の知らない教授は何の説明もなく普通にレジュメについて解説を始めた。教室を間違えたとかでもない。教室移動の連絡も来ていない。

一緒に授業を受けるはずだった友人に聞いてみると、それ明日だよと返ってきた。

スマホの待ち受け画面の日付が、昨日の日付だった。

昨日夜布団に入って眠り、起きたら昨日の朝になっていた。

どういうことだかはわからないが、とりあえず昨日の時間割通りに講義を受け、昨日と一字一句同じ内容を教わり、バイト先で昨日と同じお客さんを応対して、帰ってきてカレーをもらい、食べて、寝た。

そして起きたら、また昨日だった。



何度繰り返しても、同じ昨日がやってくる。

講義をサボって遊びに行っても、

バイト先で後輩に告白して振られても、

帰りの電車を一本遅らせてみても、

家に帰ると必ずカレーをもらい、昨日が終わり、昨日が始まる。



わかっているのは、なぜか必ず朝8時にリセットされるということと

私が何時に帰っても、隣のお姉さんはカレーをくれるということ。

何度か日付をまたいだり、朝帰りをしたり(どうせ明日が来ないんだから、いいよね)したけど、

私がドアを閉めたあと、絶対に来るのだ。

きっと、ほかの部屋の住人はもう夕飯を作ってしまっていて、私しかあてがないのだと思う。

連絡先も知らない、何時に帰るともわからない私の帰りをずっと待っている彼女を想像して、私は夜遊びをやめた。

少し不気味でもあるけれど、何度この一日を繰り返しても彼女が私に害を及ぼしたことはないから、何かそういうものだと受け入れている。



もういいやと思って、適当に毎日遊んでいる。

もしかしたら、いつか唐突にこの繰り返しから抜け出せるかもしれないし、

現状そこまで困ってないし。

少なくともお金に困ることも、飢えて死ぬこともない。カレーがあるからね。

特にこだわってるわけではなさそうな、普通のカレーだが、

根菜に味が染みているから、丁寧に作られたことはわかる。お姉さんの性格だろうか。

結構、量があるのもあって、毎回満腹になるまでおかわりをして、満足したら寝ている。

このカレーは、朝には無くなってしまうから、なんだかもったいなくて。



そんなわけで私は今日も、お姉さんの美味しいカレーを食べる。

今日は食後にアイスを買ってきたから、もったいないけど一皿分までにしておこう。

カレーの辛味がまだ残っているうちに食べたアイスは、いつもより甘かった。



目が覚めた。朝だった。昨日は満足してそのまま寝てしまったようだ。

身支度を整えて大学に行こう。



ガチャリと閉まったドアの向こう、コンロに置かれたままの鍋には、

二日目のカレーがまだ眠っていた。

ほねでざいん honesty-to-desire.inc

あれもしたいこれもほしい、欲求に正直なホモサピエンスのチラシの裏 I live honesty to my desire.

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